水素エネルギーは、化石燃料に依存しないカーボンニュートラル社会を実現する切り札のひとつとされている。水素は燃焼時に二酸化炭素を排出せず、エネルギー密度も高いため、発電や輸送、産業プロセスなど幅広い用途に活用可能である。一方で、水素製造のエネルギー源や輸送・貯蔵インフラの整備には依然として大きな課題が残る。本章では、水素エネルギーおよび燃料電池技術の現状と将来展望を整理し、社会実装を進めるための政策的方向性を提示する。
1. 水素製造技術の現状と課題
水素は「製造方法」によって環境負荷が大きく異なる。現在主流のグレー水素(化石燃料改質)はコストは安いがCO₂排出が大きい。これに対し、ブルー水素(CCS併用)やグリーン水素(再生可能エネルギー由来の電力で水を電気分解)は脱炭素の観点から望ましいが、コストや安定供給性の課題が残る。特にグリーン水素は2030年時点で製造コストが1Nm³あたり30円前後と高止まりしており、技術革新とスケール拡大による低減が不可欠である。
2. 水素輸送・貯蔵インフラ
水素は分子が小さく、液化には低温(-253℃)が必要なため、輸送・貯蔵の難易度が高い。現在は液化水素、圧縮水素、化学キャリア(アンモニア・メチルシクロヘキサン)など多様な形態での輸送技術が並行的に開発されている。特に日本ではオーストラリアとの液化水素輸送実証が進展しており、国際サプライチェーンの確立が重要なステップとなっている。インフラ面では、水素ステーションの普及やパイプライン網の整備が遅れており、需要拡大に合わせた投資が急務である。
3. 燃料電池技術の進展
燃料電池は水素を直接電気に変換できる高効率技術であり、家庭用(エネファーム)、自動車用(燃料電池車)、業務用・産業用など多様な分野で応用が期待されている。日本は燃料電池車(FCV)の普及において先進的な取り組みを進めてきたが、インフラ不足と価格の高さから普及は限定的である。一方で、家庭用燃料電池は累計導入台数が40万台を超えるなど一定の成果を上げている。今後は、**固体酸化物形燃料電池(SOFC)**など高効率で長寿命な技術が産業分野での利用を拡大させる可能性がある。
4. 政策的方向性
水素社会の実現に向け、以下の施策が必要とされる。
- グリーン水素の低コスト化支援:電解装置の大型化・高効率化、再エネ電力の拡充。
- 国際水素サプライチェーン構築:液化水素輸送・アンモニア変換技術の実証から商用化へ。
- 水素利用先の拡大:FCVだけでなく、鉄鋼・化学産業、発電バックアップ電源など多用途への導入。
- 規制・制度整備:水素ステーション設置における安全基準緩和や補助制度の拡充。
- 地域モデルの構築:自治体単位での水素タウン・水素港湾の形成による需要喚起。
5. 展望
水素エネルギーと燃料電池技術は、再生可能エネルギーの変動性を補完し、エネルギーの安定供給と脱炭素化を両立させる重要な役割を担う。今後10~20年の技術革新と政策支援次第で、水素は日本のエネルギーシステムに不可欠な基盤技術となる可能性が高い。特に、輸送・貯蔵インフラと需要拡大の「鶏と卵」の関係を打破するためには、公的資金と民間投資の両輪が求められる。

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